せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

家族ってなぁ。

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一大事業と思って取り組んできて、

子は持ち物ではない、預かったものだ、だけは忘れないようにしてきてた。

 

結婚式は諸般の事情で、挙げなくていいよ、というしか選択肢がなかったので、

「健やかなるときも、病めるときも...」みたいなの、あれをすっ飛ばしてしまった。届出だけしか出していない。新婚旅行も、いつものように、京都にぶらっと行っただけ。

 

やはり、人生の節目、やりたいことはやりたい、って言っとかないとダメなんだな。こんな私が、、とわがまま言うようなイヤラシサがつきまとっていたのだよなぁ。

 

親切心なのか、八方美人なのか、なぜ、他人様の諸般の事情ばかり優先してしまったのか、今さらだけど自分の性格が悔やまれる。時間は戻らないね。

 

「病めるとき」になってしまって、深刻になってここ数ヶ月、家族全体は私がほんとうに病気と認識したけど、長らく数年間は、

病は気から!気の持ちよう気の持ちよう、

と励まされ続けて黙ってそれを聞いていた。

 

で、

そんな簡単じゃない、

って言ってみたけど声が小さ過ぎた。

 

 

そして今ほぼ寝たきりで、なんか、家族がかわいそうになってきた。

 

配偶者が過労で倒れたとき、周りで過労死してしまった方がいたから、リンクしてしまい、ものすごく怖かったのは記憶あるけど、それをめんどくさいとはは思わず、配偶者が好転しないかと半年くらい可能性のある科を探したり診てもらいに奔走したのは覚えている。

 

配偶者が過労と疲労から回復した途端、今度は私が糸が切れた凧みたいに、今までずーっと、ふらふらふらふらと空中を漂っている。長い。長すぎる。

 

家族が下からジャンプして手を伸ばしてくれたり、ただ腕を組んで眺めていたり、何か電線や木の枝にに引っかからないか試したり、風向きが変わるのを待っていたりしてくれているのはわかる。

 

でも、私には風が読めない。着地点もわからない。

 

風向きが悪くて下のみんなに声をかけようとしても伝わらない。ほんとに、糸の切れた凧みたいだ。

 

ずっと待ってもらっていては下のみんなの首が疲れてしまうよね。いい加減、家族に、もうそんなに待たなくていいよー、、、と伝えたい。