せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

一人天窓見つつ

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薬や本人の頑張りもあり子は治りつつある。動きたいと思えた朝だから、それは久しぶりで、治る兆候だ。

 

そして私は、はぁ、寝るか、となった。

 

夫も、ここ数日私が起き上がった途端、「眉山+饗応夫人」(by太宰)モードが入ってたから余計体調が悪そうだ、と言って、もうずっと寝てればいいから。でも私なんていなくてもいいのか、とか思わんよーに、と釘を刺された。先を読まれとる。

 

たしかに折角の休みになっても、これまでやってこなかったから、と家のことを夫はやっている。ここ数ヶ月。知らなかったことがたくさんあって楽しんでいるようにも見えるけど、疲れている。私と違って病気ではないからいい、というけど。

 

からしたら、結婚した頃の私は、もう存在しないようなものだ。

 

結婚した頃の私は、家庭の中がギクシャクして他人の寄せ集めみたいで大変そうだった彼を幸せにしてやる、と思って、なんとか離婚せず、彼の家の業を断ち切ってやると息巻いていた。今思うと壮大な勘違いだ。

 

そんな自分もひずんだ家庭にいたことにここ数年で気づいて、燃え尽きた感がある。

 

子どもをなんとか産めた、病気はいろいろかかったけど、もうすることは無い、と思えるくらい、2人目を産んだとき死んでいいと思った。

 

夫とは離婚せずとも昔の私が居ない今は一体彼にとってなんなんだろうと思うと申し訳なく思えてくる。上の子が女で、夫と気が合っててよかった、とか、下の子がまぁまぁ私寄りだけど、私ほど神経質では無くてよかった。3人を見ていると、私の形質を持ってる人はいないし、もういいかな、という気がしてきた。

 

これも薬のせい!

これも脳のせい!

これが躁鬱の鬱!

 

と思っているけど、それでいいんだろうけど、ああ、そんなことを強く思いきかせたりするより、

寝てしまおう。脳がまたまた桶狭間だけど、寝る、、。