せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

A.I. その2

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身体がふらついて動けない一日中、耳栓の外側からA.I.のサントラを聴いていて、映画のことを思い出したりして臥していた。

 

夕方、たまたまオンデマンドでA.I.を見つけて、

昨日書いた、セクサロイド

「アイアム、アイワズ」

のセリフあたりから観てたら、

泣いてしまった。

 

ナレーションがロビン・ウイリアムズで、その深い声にも泣けてしまった。

 

主人公の夢が叶うところでも泣いた。

いつもここはハンカチで顔を覆って観る。

 

そこで気づいたのは

自分も、主人公ほどではないにしろ、

母親の愛をまだまだ希求しているからこんなに泣けてしまうのかも、と。

 

たった1日でいいから、母親に自分だけのことを見てほしい、同じ願いがあった。

 

昔から病気をしても、何かを頑張っても、素っ気なくて、こっちを見てもらえなかった。

褒めたりしてもらいたかった。

笑顔が見たかった。

 

主人公、、ちっさい願い!だからこの映画ヘン!

と、家族は言うが、私にはとてつもなくその1日が貴重なものなのに、、といつも違和感があった。

 

主人公のロボットと同じように、

自分も怖いくらいに親を求めていた(いる)ことに今回気づいてしまった。

 

見方を変えたらその一途さは「普通の」親をおののかせる。引かせる。

 

きょうだいが下に続いて産まれて、忙しく、比較的無難に育って可愛げもなくなってきた私は、母親にとっては、稽古事で毎日留守がちょうどいい。

 そんな存在だったのかもしれない、と、考えた。

 

そしたらすべて、合点が行く。