せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

言論・思想統制のススメ

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1/30追記☆この記事は不快な表現が多いため、読むことをお勧めしません。書いておいて申し訳ありません。(記録のため削除はしませんが)☆


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今日は重要な決断ほど避けなくてはならないという事例をいくつも体験してしまった。

 

夕飯を作ると言っておいて、実際には危なくて作れないほどのめまいに襲われた為、月一のビザの権利を使った。

遅く帰った夫が寝室に来て、スーツのまま、作れなかった経緯を確認してきた。

 

風呂を済ませて、横に臥していた私はあれこれ説明するが、

明日は必ず作るということと、謝ることしかできない。

自分の体調管理がままならないことを謝るしかない。

 

謝ると、次は、

謝罪を求めてはいないのに

と言われた。

でも、逆に自慢することも、きちんとできたこともそんなになく(洗濯を干して取り込んで整頓したくらい)で、それ以上、なにを私の口から求めるというのか。全くわからない。また謝るしかない。

どう森をしていないことも、ぐちぐち言われた。寝てて目が痛いからと謝った。

 

とにかく想像以上に体調が薬に慣れないことを説明するしかない。

 

頭の中で金属音がすることも、説明した途端、今週のうちに再診予約を取ることを勧められた。2週に一度、一人で朝一行き来するので、いっぱいいっぱいなのに。難しい、、。

 

そんなにすぐには無理だとまた謝る。

すると薬を自己調整するよう指示される。

 

あまりたくさんの薬剤の自己判断はしたくない、と言うと、めまいがするなどネガティブな答えが多いからこそのアドバイスなのに、と言われる。

 

でもこの薬では頭鳴がするのは当たり前のようなものだと調べてみたらたくさん出てきた、と答えたら、それを鵜呑みにして我慢すると鬱より良くないのではないか、と言われた。

確かにそうかもしれない。

 

 

普段も、自分が真面目に思う話題ほど途中で家族から止められるというと、

 

それらが今の私の火に油を注ぐようにしか受け取れないのが家族の総意だ、と言われた。君が主張するほど君は穏やかには決して見えていない、と。

 

だから、みんな、私のためを思って、「もうその話はいい」と断ち切るのだ、と言われた。

 

君は面白い話もしているのだよ、覚えていない?そういうものは止めていないよ。と言われた。

 

そうかな?と思ったが、それはどこの家でも当たり前のことではないか?と今気づいた。楽しくて笑かせる話はなにも止める必要はない。

 

こと、政治や事件、社会問題の話になると、私が、活動家のように根本的などうしようもないことで、ずっとうるさいそうだ。

 

たぶん頭の処理の遅いせいで、ゆっくりそういうことを話すのかもしれない。

 

だから余計に、みんな、ああ、またママの主張が始まった、欠陥変革者がまた何か言い出した、という感じで、

言論を止めるのだそうだ。

変革者タイプの私には言論を止められたら、、

抑圧しか感じないし、別の媒体でアウトプットするしかない。それがこのブログの更新の数に反映されていると思う。

 

家族が読んだらとてつもなくつまらないブログなのだろうな、と思いながらいつも書いている。

 

 

全ては私があらゆる問題を深く考える繊細な性格(HSP)だろう。

 

世の中、そんな人はマイノリティだから、うまくいくはずがない。

 

同じ温度で話の合う人なんていない、と思って別のアプローチで人間関係を浅く作るのがいいんじゃないか?

 

と言われた。マイノリティはそのままでは生き辛い。生き辛いけど、人間を否定された気分だ。

 

これまで自分をどれだけ努力して変えてきたか。変えてきてどれだけ傷ついたか。それは家族の誰にも伝わらないだろう。

 

家を出たくなった。