せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

伊集院光とJUNKと

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アンタッチャブルが売れる前90年代後半の放送分から人に借り、それ以来、なんだかんだで彼のラジオや書籍はいろんな媒体で親しんでいる。どれも秀逸だ。

 

中卒中卒言うけれど、それは多分彼の中身のスケールが高校では物足りなかったのだろうな、と思う。

 

小学校のときから一人で企業野球大会を観に行っていた、とか、高校くらいで上野の年末の大売り出しで毎年お呼びがかかった、とか、普通じゃない。

 

ただ、若き頃の息子の目見て「蛇のような目をしている」(笑、自分の親みたいだ)と言った母、叱り出すとホワイトボードで理論立てて怒りのチャートを書いた(プレゼンじゃないか。気持ちは伝わらないわな)というビジネスマンの父親、その辺りでネジ歪んだ、面白い今の彼ができているのだと思う。

 

ちなみに彼は、和歌山の奥さんち(彼は婿入りしている)には行っても、実家が近いのに十数年も行ってないという。

 

気持ちは分かる。

 

とにかく落語がベースにあるから、フリートークが延々と続いても、面白さがハンパない。構成の渡辺がうるさいな、というけれど、私はそう気にならないし、彼がブースでマイクを通して遠くにいるリスナーのリトマス紙がわりだというから、いても構わないし彼の喋りを何も妨げないからいいと思う。

 

本来の話がしたくてもだんだん脱線して見失うケースも腹が痛くなるほどおかしいし、それを見つけたとき、あ、3分もかからない話だ!と本人が気づきを得るケースもこれまた腹がよじれる。

 

自分を棚に上げずにモノを言うから、嫌味もない。テレビではニコニコしてフムフムしている彼を見ると、たまにいっしょにラジオの録音を聴く息子とともに、仮の伊集院さんだ、仮の伊集院さんだ、と騒ぐ。それくらい、差があって面白い。それだけ今のテレビは規制が多く、彼は自分のことをよく子どもだと言うが、テレビでの彼、ラジオでの彼を上手く使い分けている点ではやはり噺家。かっけー大人だ。

 

でも、東京の鉄道駅でのスタンプラリーを「歩いて」押し、電車で回ってコレクションする子どもらを下に見る感じや、

 

僻地も僻地、五島列島あたりの映画沈黙(サイレンス)関連のスタンプラリー(!)を、テレビの企画でもないのに電動自転車をなんとか何度か運んですべてやり遂げるところや、

 

視聴者プレゼントの賞金額が自分の週間歩数に応じて決まると知るや否や、スッゲーたくさん歩いてスタッフを呆れさせ、結果レートが下がったことを、

「サービスするべきラジオ局がどうかしてる!」と怒るあの感じ、は、

 

さすが、大きな子ども・伊集院光

大人げない、と自嘲する彼のコンプレックスこそ、彼の魅力だ。

 

尊敬する大人の一人。

 

ということで、尊敬する大人 その2は

自然と「みうらじゅん」に決定。