せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

終了。今日って鏡餅割る日?

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LINEQという、

長らくお世話になったアプリが

今日の15:59に終わります。

閲覧など一切ができなくなります。

アプリ開けると灰色の取得できませんクマ(ブラウンか)でも出てくる仕様なのになるのかな?16:00以降。

 

ふとした旅行先でのお正月、このアプリを知り、知識として知ってることなら答えてみようか、悩んでるならこう考えたらどうかしら?などとユーザー名・赤いワンセグとして答えていき、身体の自由があまりない私には、仮想ではあれ、ひとつの社会との繋がりができたのでした。

  

次第に、そこに集まるのが、まじめで若き悩み多き子が多いこと、

同じ年頃では何か辛いことをたくさん乗り越えた人が多いことなどを知り、

真剣勝負って感じでなかばボランティア相談員の端くれみたいになりながらやってました。

 

ほとんど新着にジャンルにこだわらず回答し、しかも匿名では活動しなかったため、嘘つき呼ばわりされたり正論だけ言う偽善者扱いもされましたが、真剣勝負していたことは確かです。

 

おっさん扱いされたり、怖い人扱いされて遠巻きに見ていた人が多かったみたいです。

 

2015年の正月に始めてから、2016年後半くらいからふとしたことからノートをあげるようになり(おばさんだから記憶はウロ)、

悩むことが悪くないこと、

人なのに人に頼らず・頼れず生きていくとダメになること、

弱い自分をさらけ出すこと、

そんなことを自分の身に起きたこと、感じたこととともにアウトプットしていきました。

 

ノート開いて、つまらんテロだ!と思った人もいたでしょうし、あぁ私も同じだ、など、どんなことでもいいから、得意な言葉を通して相手に伝えていけたかな、と思います。

 

こんなにぶざまだけど生きていく権利はあるし、そんなぶざまな人間でも、喜怒哀楽はあっていいこと、笑っても顔をしかめてもいいから読む人に伝わるよう、リハビリのように書いていました。

 

回答も、そんな感じでした。

 

そこで得られたつながりは、SNSは危険、とか、SNSは希薄な人間関係のもと、という一般論からは少しかけ離れた、尊いものでした。

 

と同時に、言葉は人を勇気付けることもあれば、誤解させたり、傷つけることもあることもよくわかりました。

 

言葉の重みを大切に。

 

昨夜の私に怒鳴りつけたい一言です。