せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

僕(夫)から見た妻

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最近の妻の躁鬱の躁を見て、周りの人は昔のあの子が戻ってきたんだ!とすごく安心するようだが、僕は内心ヒヤヒヤしている。去年一昨年と、ここ数年間の冬のように一日中、家事をするとき以外、真っ暗な部屋で寝ていた彼女は本当に異常だったし、外でも歩けばいいのに、とか言ってはいたけど、今になっては軽はずみな彼女には重荷だったろう。

 

まだまだスーパーにもまともに行けない彼女には、明るいうちに外に出て歩くことは、そう簡単ではなかった。

 

あんなふうにまた鬱にならないよう、本当に気をつけてもらいたいと思っている。と言っても本人が望んでもいないから気の毒だ(気の毒だ、と言うと彼女は烈火の如く怒るから言わない)。

 

躁鬱というこれまでにない診断で危機感を感じたので、僕は彼女が鬱っぽいと診断された夏休み終わりから週末に料理や買い物をすることにした。正直毎日通勤する仕事より、柔軟性がいるし、突然調味料や米はなくなるし、子どもは風邪をひくし、、、いくつものことをたくさん見るのは男に向いていないな、というくらい大変だった。洗濯物を出しっ放しで翌朝取り込む、なんてこともあった。

 

彼女がトイレットペーパーやら洗剤など、補充のいる日用品は通販でまとめて買っておいてくれるから、その辺は任せてあるけど、土日だけ料理をやってみたときは、家族が待たされすぎて怒ったこともあった。

彼女が取り掛かる時間は僕には遅すぎるのだ。当然ではあるが、最初はそれくらい簡単なことだとタカをくくっていた。

 

ただただ眠らせて休ませる薬を出された鬱、やや薬で操縦が難しい躁と今のところはそんな調子だった。

 

特に彼女は料理に関して今まで誰も何もリクエストしない分、ひとりでとても悩んでいたことが分かった。だから僕は自分で1週間のメニューを組んでみたりし始めた。似たメニューが毎週登場するのだが、そこは仕方ない。

 

1週間分買ってやり繰り、それは彼女が新婚時代やっていた方法で、週末一度にドンと買い物に行って、予め決めたメニューに合わせて最小限の量と組み合わせを考えるってやつだ。そんな頃は僕も荷物持ちに付いて行っていただけだから、実際やってみたら、これは意外と僕の性にあっていたみたいで、楽しくなってきた。

年月が経ち、妻はスーパーで適当派、になっていたが、それはそれで子どももいたし彼女も仕事していたから、その日その日で決めるようになってしまったのは仕方ない。

 

鬱の強かった10月頃は前の日に野菜も肉もカットして冷蔵庫にしまっておいたが、さすがに年末に近くなるにつれ、それはできなくなってきた。また、切るくらいないと何もやった気がしなくて罪悪感がある、という(面倒で病的な)妻の自責妄想が起きてしまうから、平日はメニューを買ってきて組むだけで、あとの平日の調理は任せている。やはり早さは追いつかない。

 

むしろ今では決めてしまったメニューを冷蔵庫に貼ってあるのを見た妻が、疲労度やいそがしさで彼女がたまに変更するくらいに余裕が出てきた。

 

少しずつ良くなって来ている。躁からの転落が2人とも恐れていることだが、あまり先のことを考えないようにと、1日1つのこと(病院や用事)をしたらあとは家事だけやっておけばいい、それも8割で、ときつく言ってある。

 

血の気の盛んな妻は、他ごとに首を突っ込み、しかも薬のせいで、物事を忘れっぽいし、気も散りやすいし、なかなか手に負えない。

 

他人や自分以外のことばかり考えているのは昔と変わらない。自分を大切にする、という概念がないようだ。壊れるまでやる、ってところがある。

 

こんな自分が大嫌いだ、とよく言うし、生まれ変わったら全然違う人間、しかも男がいい、と言う。

僕ら他の家族はまた生まれ変わるなら自分と思うけど?というと、ゲラゲラ笑って、そんなの嘘だぁ!と言っていた。

本当に自分を好きになれないとああまでして体を壊しても自分をいたわるということが分かってもらえないのだ。想像し難い。

 

やっと、家族はママを少しも責めていないし、僕らは自分で自分のことをしなきゃいけないと自覚した、これまで頼り過ぎてた、と言ったら少し安心したようだ。

 

向こう見ず。

寝ても寝ても、普通の人と違って頭の中は全然休めてなくて、自分を大事にできないところ。

減ってはきたけれど、まだ、妻はしかめっ面で寝ている。髪を引っ張って寝ていることもある。大泣きして起きることもある。20年も経って相手のこんなに弱いところを見るとは思わなかった。

 

家族としてもそこら辺がまだまだ一番のママの問題点だ、とママの早く寝た時間帯に、こっそり話している。

と言っても、ママも自分でどうこうできない脳機能的なところだから、つくづく、かわいそうだ。過去に囚われているのも、ほんとにかわいそうだ。もうあれは小さい頃作られた、もう治らない性格と見るしかない、と思う。