せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

永い言い分

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こんばんは、Xさん。とあるSNSのことに関してです。Xさんは私がその中で、とある団体なる(形だけの)ものを作ったために、

せぐはどれだけの人を動かそうとしているのか?
せぐは無理をしているヤバイ、あの子は何をやらかすのか不安だ、

などなど周りから間接的に私の言動を心配するメッセージがXさんに毎日来て、


・Xさん自身の心身が持ちそうにない
・これ以上この私(X)の心身に何か障ったら、どうしてくれるの?
・みんなをここまで心配させるくらいなんだよ、せぐはSNSやめるしかないよね?削除してよね。

と言って私から即刻SNSを遠ざけました。アカウント停止です。

あなたの心身が関わってると言われたら、あの時は、話を聞いてくれ!なんて時間は無くて、あなたの言う通りアカウント停止するしかありませんでした。

そして、あれから有志の方が別のSNSグループみんなにあなたXさんの心身をを守るよう
あなたにメッセージをしないよう厳戒態勢を敷いてくれました。あれには当初、戸惑いはしたものの、今はほんとうに感謝しています。

その後、実は私はあの有志の方に、「私がSNSを過度にしていることを心配してメッセージしてXさんを疲れさせている人がどれだけいるかどうか」調べてもらいました。

それはその人たちに今私が躁鬱の躁であるから、普通の人の3倍位の頭を使ってはいるから文字の量かはすると普通より活発に見えるだけで、身体は相変わらず虚弱ではあるものの、通院もして自暴自棄ではないことと、それぞれの方の誤解を解くために謝罪のメッセージを伝えたかったからです。

もちろん有志さんを通して伝えるつもりでした。

しかし有志さんから、その後、私の動きが活発で心配だと思っても、深刻になってXさんに伝えた人はいないということが連絡でわかりました。正直驚きました。良いように話を盛られだか、と。

いくらあなたが私の体調を気遣ったとは言え、自分の体力の範囲内でやっていたSNSを、また、たくさんの人を動かす野望があるはずなどなかったSNSを無理やり生活から切り離されて辞めさせられたことに、誰になんの権限があるのかと憤りを覚えました。

私は母の過干渉を感じ恐怖感に陥りました。

あなたのためだ、と言いながら、大切なものごとを奪われる虚しさは、比較的幼い頃の生育で恵まれた人には分からないかもしれません。目的のためなら人を巻き込んででも手段を選ばないあのやり方は、私が最も厭な方法です。

また、AさんがBさんから2つのSNSのうち、どちらかを選べと追い込まれていたという話があったと言ってましたね。あれ、嘘じゃないか、君。

あなた本人が、Aさんに、片方を選ぶなら、せぐとの交流もなくなるね、と勝手に言ったそうじゃないか。それは私・せぐの意志じゃない。誰がそこまで勝手にAさんに言う権限があるのか?無いだろう。どうだい。だいたい、そんな追い込みを勝手に一個人にかけるのは私刑ではないか。独裁支配、粛清。

それでAさんはショックのあまり追い込みから丸一日泣いていた。

私は、Xさん、あなたにSNSを辞めさせられた日の朝早くに既にそれを聞き出していたのですよ。

Aさんから「おはよう」のメッセージ。その行間から何かが伝わったのです。予想通り電話のAさんは凄く泣いていて、泣いてる理由は「Xさんの許可がいる、Xさんの許可がいる」と口を開かない。異常事態だ。

1時間かけて説得しました。
新興宗教原理主義以外に人間の上下なんてないから、許可なんかいるもんか、って説得しました。

あなたは私の親が新興宗教にどっぷりはまっていて、私が疎まれながらそれらと戦っていたこと知らなかったろう。

私は説得できたんだよ、Aさんを。そしてあなたの嘘をあらかじめ知っていたんだ。

だからその日夕方はむなしい気持ちで電話を受けた。
少なくともあなたにあなたの心身の危機を脅されたから、うまくやるもんだ、と思いながらSNSのアカウント停止手続きをしたよ。

理不尽の塊がつかえて、気分は悪かったね。
BさんがAさんを脅している、それは私が人助けの為に判断を誤ってBさんをとあるSNSに引き入れたせい、にされたからね。

あなたは自分のせいもある、と言っていたけど、あなたはどちらのSNSもやめなかったね。

私は架空の脅しの落とし前で片方のSNSを辞めたことになるよね。あなたの心身の安定をカードにされて、ぐうの音も出なかったよ。

私は自分の人生のポリシーに合わないからという極めて一方的な理由で、縁のあった人を簡単に切ったりできる人間ではありません。

早くから母親に見捨てられた自分は負の連鎖を続けたくありません。特に、人の言い分も聞かず、自分のためだけの理由で見捨てる事は絶対、できません。しません。心底は、無理。

あなたの人生の蓄積がどうであろうと、いくら多弁に語られても、所詮それは「あなたの人生の蓄積」です。終わった過去です。私から見たら。

私の人生の蓄積はあなたのそれとは違います。

簡単に言えば、縁があった人を簡単に切れない・切りたくない人間なのです。辛い?そんなのどうってことない。回避の仕方も薬もある。

私は関わった人をなんとかしたい人間。
そこはあなたと大きく違うと思います。
悩んでもいいから、切り捨てる前によく考えたい。
切り捨てることを避ける為。

あなたは自分の心身を損ねない快適な人間関係さえ周りにあればいい、といますが、私は母親を捨てるだけでこんなに疲労しました。
まだ捨てきれていません。医師の説得があってやっと取り組んだことです。

でも、その大きな存在である、ひょっとしたらいつか分かり合えると思った1人を捨てるだけで、それ以上ほかの人を切るのはもう真っ平ごめんです。ましてや人の判断だけでそんなこと、しない。

私は、思い通りにいかなくて、快適ではない人間関係があってこその人生が自然だと思っています。そこで誤解をしたり、解いたりして構築していくのが、人間関係だと思っています。人目には分からない進歩でも、時間がかかってもいいんです。

Xさん、あなたは私によくしてくれた。私もできることはした。いいこともたくさんあった。

ただ、私はこれ以上あなたのように自分のためだけに良い人選を揃えて生きていくことは、真似できません。したくもありません。あなたが、あなたの健康に良いならそうするしかないのか、それならどうぞ、というのが本音です。

私は人と付き合う時、区別こそすれども、差なんてつけられません。つけているように見えた?それは誤りです。
そもそも、私は、人に差をつけるような大層なご身分でもありません。

自分、かなり低いところに置いてますから。

Xさん、あなたが
出会った人の中からベターな人を選んでいく人生ならば、

私は
出会っただけの人の中からものごとを知っていく、教えてもらう人生です。

大きく違うと思います。インスピレーション的に似ているところもあると思いますが、私はこの人とは金輪際関わらない、という考え方に与することはできません。

私の生き方は、雨にも負けず、風にも負けず、の最後ら辺と同じです。

誰からも尊敬されず、木偶の坊と言われて平気でヘラヘラ笑っている、そういう人間です。

共感はしても、誰とも与していくつもりはありません。時に悩んで、考えて決めていきます。それが私の生き方のベストな方法です。

誰も自分の下にはいません。我が子ですら、私の上です。可愛いママ友でさえ、上です。

でも、自分は下だからと言って、上に置く人の言いなりになって、指図も受けることもしません。

親からそう粗っぽく扱われてきたので。
「あなたのためよ」という善の面の皮は、経験上見抜けます。

本当にあなたのためだ、という利他の善意も、見抜けます。


私はそういう生き方しかできない人間です。これも、人との出会いとそのアドバイスから気付かされたことです。

Xさん、これはあなたに対する決別でありません。

あなたの論を聞いて相槌打つばかりで、実際自分はどうかを、苦手な会話ではなく、文字で伝えたかっただけです。
では、また。