せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

新年に際して

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今年もよろしくお願いいたします。たくさんのブログの中からたまたま?またまた?よんでくださり、これまたありがとうございます。

そしてみなさんのご多幸を願っております。

 

昨年は長い不安障害ぽいのから明らかな鬱ぽいのへと移行し、さらに躁鬱の躁ぽい(ぽいとしか言わないのが先生の特徴。それに頼っちゃうからだそう)に移行したまま、年を終えました。

 

同居しない親族や友人は

かつてのセグが戻った!と喜びますが、

同居家族は

おいおいおいおいフルスロットルだよ!

と、明らかに、私が話す動くすることで、人より疲労していることから、やはり危険性を感じるそうです。

医師によると、書くのが好きだから観察するのもうまいこともあるのだろうけど極めて客観的な視点があるから、いつか躁が鬱に転じても、さほど落差はないのではないか、

「私は転落した、と気づいた」

みたいに冷静に気づくのではないか?とのことです。

 

躁鬱のスパンは人により異なります。

今のところ気をつけるのは

 

人と話すスピードを落とす。

語尾が面白うても悲しい自虐でも アハハハハ(°▽°)と笑う癖(というか症状)には気をつける。

 

(↑これは昨日ベビーシッターの件で義理の妹が離れたところにいてもスマホから漏れる私の笑い声に恐怖を感じたらしい。

あ、でも正直にそういってもらえて、なるほどね!怖いわね!と気づけた。)

 

家族が、しばしば、ママ!と止めるのは放送禁止用語や倫理的にまずいなことを言うかも!と察知した直前か、体力が衰えてるのに何かをやめない時。ただ、ママ!と呼んで止めるのが、犬にハウス!と私は捉えてしまいがちなので、ママ、、トントン(リストラ社員のように肩を叩く)に変えてもらうことにした。

 

1時間ほどかけて珍しくクソ寒い車内で夫とテンションを落とさぬよう喋るしかなかった時に、なんだかんだで決めたことでした。

 

躁でぶっ飛んでるなー、ってのは止められないから、ぶっ飛んで後から倒れる限度のギリギリだ、と思ったら止めてもらうし、自分でも気をつけます。

 

そもそもぶっ飛んでるんで、そん時は空も飛べるはず、と思ってるんで、たしかに止めてもらえるだけでもいいかもしれません。ただ、家族でなく友人らといる時は相手に伝えてやっていくしかないわね、と思いました。

 

でも、伝えても、不安障害についても私は伝えてある人のが多いため、またまたみんなどーなの?どうどう?と聞いてきます。

 

ぶっ飛んでケーシー高峰みたいにおかしな講座をしないよう、まぁ、講座ができたら空を飛ぶくらいなら、むしろ芸人になれるかも、くらいの力の抜きようで、やっていこうと思います。

 

脳と心と体、これまでは心と体が分かれていて1つにならんと、と思っていましたが、機能上新たに脳が加わりました。

 

脳と体も折り合いをつけないと、と、セグの心は揺れたり少し安心したり、したのでした。

 

というわけで、今年もこんな話や全然違う騒動などについて書いていきます。よろしくお願いいたします。

(°▽°)

だからこの顔はやめろってーの!