せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

坂本龍一 async の fullmoon

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 なーんとなく出ると聴かずにはいられない坂本龍一。なーんとなく出ると読む村上春樹、よりは頻繁かな?うん、坂本龍一のが親しみはある。坂本龍一のピアノ弾くし。

 

今回はアメリカに住む彼が最後かもしれないと思いながら出したアルバム『async 』の(fullmoon )という曲。

 

シェルタリング・スカイ』というアカデミー授賞作品の中に出てくる詩を、作品の監督ベルナルド・ベルトリッチの朗読、(違うサイトにはシェルタリング・スカイの原作者の朗読もあり、との説あり)などなどたくさんの言語で同じ詩を読むという、調和しないはずのものをあえて重ねるという試み。

 

それはまさしく雑踏で聞かれるそれであり、アート(音楽)として成立している。

 

バベルの塔の壊れた後の長き様々な背景を持つ人間の文化的歴史的差異の中に見出される人としての調和を求める作品として見ることもでき、印象的だ。

 

そして、なんとか探し出した(fullmoon)の中で多言語で読まれる詩の一部というか根幹が、以下のもの。

 

“How many more times will you watch the full moon rise?
Perhaps 20.
And yet it all seems limitless.
(あと何回、満月を眺めるか?せいぜい20回。だが人は無限の機会があると思う。)”

(クローズアップ現代プラスのページより抜粋)

 

人間は自分がいかに儚い存在かを、恙無く生きている間にはほとんど考えない愚かさを持つことを、短い詩で的確に表していると思う。 その国の事情によっては非常に重みのある言葉とも捉えられる。

 

日本人ならば、満月もありだが、桜、かもしれない。44の私ですら思う。

 

あと、桜を何度見るだろう。日本人は、そうした儚さに近い感覚を鋭く持つ方かもしれない。

 

それを世界に発信した坂本龍一

明らかにトランプ大統領後の分断されようとしている社会、に一言物申している。

 

(私は坂本龍一氏の政治的理念や意図には全く関知せず、個人的見解として述べました)

 

世界に発信できる力があるということそのものにも、感服。 

 

彼の作品のメッセージ性の詳細について興味のある方は、過去放送されたクローズアップ現代プラスのページで読めます。

https://www.nhk.or.jp/gendai/kiji/sakamoto/