せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

「魂の牢獄」即ち、、

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、、とある公立中学卒業生である我が子による、母校の例え。

なんとも奇妙であり、なおかつゾッとする例えだ。 

写真は毒エイ。

 

昔の中学といえば、いかに先生を出し抜くか、いかに先生に文句を言われない程度に成績を修めて楽しいいたずらが許容されるかの範囲を広げる抗争の繰り返しだった。

 

放課後だって、友だちと語り合いながら好きな子の席に座ってみる、なんて自由もあった。今は、終業後即刻鍵が掛けられる。それなりに、昔にはない理由はあるのだが。極端にやりすぎな感がするのはわたしだけか?

 

ひとことでいえば、「窮屈」。

 

かつては、ドナルド・トランプ並みに、いけ好かない先生のネガティブキャンペーン(〇〇先生はグンゼの白パンをはいている、などのライトなデマ)を流したりしては、結局バレて竹刀でバゴーンと叩かれるという毎日であった。

 

それはいたちごっこでありつつも、いかに先生という聖職といえども人間、マジギレすることがあるというのを、逃げつつ振り向いては確認することでもあった。

 

今失われたのは、「加減」だ。

 

今の子らは先生の言う通り、体操服をシャツインし、時間通りに動く。去勢されたも同然だ。

おまけに見張りの先生は小さいイヤホンをつけたピンストライプの  まるで「8930÷10」である。見た目「お前はヤザ〇かナガ〇チの信者か!」と言いたくなる。

ファンをバカにしてはいません。

「威嚇」を彼らのスタイルの真似で保ってる先生らにダサさを感じるのだ。

 

ま、見た目はどうであれどうせ年下。

 

今よりもっと先生をビビらせるエキセントリックペアレント(なおかつ慇懃丁寧)になって、この数年間のうちに我が子を含む、理由なくいびられた友の子らの仇をとってやる!

当の先生はいなくとも、体質は悪どく残っている。また内側から潜入して破壊してやろうか。

 

インサイドヘッドで、いろんな私が相談中。