せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

どう森満喫からどん底満喫へ

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不安障害から4年間、鬱気味になったここ2ヶ月は、21時ごろには布団に入りそのまま耳栓お薬、お水を持ってみんなより先に寝ていた。

 

まるで子育てする母親みたいに、この数年間の流行り番組は、家族は知ってても私は知らない。とりあえず、いつ見られるか、と思いながら録画はしていたが、大した容量もないため、子どもらの必要なものが優先だった。

この1週間で話題にもなったどうぶつの森がリリースされ、同時に私は躁鬱ぽいと診断された。

 

8月の中ごろに急に暑さにやられて何もせずカーテンを引いた部屋で、何もせず。鬱病的診断。

薬が効いた頃に実母が瀕死にさまよい、見舞いには行かないことで善悪に悩み、躁鬱に。かつて風光明媚な遠隔地で門戸を叩こうとしていた私に、観光が楽しそうと旅行気分でついてきた母。勘弁してくれや、だ。そんな思いもあり、いなくなってもいいのにと思っていたら、回復は早く、退院。

 

落ち着いたことと同時にまた会うかもしれない恐怖感で、私は逃避だ逃避だと認めながらどうぶつの森をしていた。

 

していれば寝室に夫がやってくる。

私は頼んだ。

私はなんでも結果より過程を大切にしている。だから、結論を急いで詰めが甘い出来事を減らしてくれ、と。

たとえば、休日の人との現地集合の待ち合わせに、

場所の確認をしようか?

と聞いたら

知ってる場所から近いから必要ないよ

と言われたのに......実際は、

車が相当走って子どもらに

あと3分!

と言っていたのが早15分。相手は待たされていた。年下なのにたくさん待たせて.......情けない。

これがあるから前日声をかけたのに。

 

また、別のことを私は頼んだ。

 

・ある日楽しかった話をしている時に、家族で揃って 「それ昨日聞いた、そこにいた。」という角の立つ言い方はやめてもらえないか。

・出かける前持ち物の確認をしている時に、「そこまでは、いらないでしょ」(結局あって助かった)ようなものの拒否の仕方はこちらにつらい、と。 

とにかく、言動のつっけんどんさに、私ならこうは言わないという確信があったので、、すると

「話し方一つでそこまで言われたら敏感なワンセグとは言葉の価値観が違う。互いに理解ができそうにない。

カウンセリングに行ってくれ。」と言われた。匙を投げられた、よね?

 

私は夜中の2時に

お願いだかは救急車を呼んでほしい、と頼んだ。

 

これ以上家族を巻き込みたくないから。

自分が自分でコントロールできないものではないと分かっているからこそ、呼んで鎮静剤でも打って欲しかった。誰にも何もいわれず、家族にも無言の諦めで見られたくなかった。

 

皆に躁の言動で迷惑をかけつつも、それを他人のような感覚でしか批評出来ず、その言動を止めるのが脳の司令レベルから何もできないのが今の私がらだ(昔のバセドウ氏病を思い出す。

 

心の電話に相談した。

躁鬱の切り替わりに今のような恐怖観念をものは普通だといわれ、

 

アルコールはさなるべく避けろと。

 明日は夕方まで寝てひととき

入院状態を作れといわれた。

 

2時に救急車を呼んでも、受け入れ先が決まるごろに朝になるかもしれない、と。

 

そんなわけで躁から転落したのか、

躁のなせる技なのか。次は私は

また鬱地獄になるのか。

自分の少し先がわからない不安、新しい薬が効いて来たのか、なんなのか。