せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

THE REVENANT ~蘇りし者~の頃

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ディカプリオがやっとアカデミー主演男優賞を獲れた!彼の若き頃のキラキラ輝く演技力からはるか十何年か以上経っていた。

 

私にとっては嫌いではない、表現のなかにいつも気になるものが残るアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ・監督。

 

実在したというアメリカ先住民地での白人主人公の、我が子の命を奪った者との死闘。

2016年4/23の日本公開を首を長くして待っていた。

 

 

4/22。夜勤仕事の終わったきょうだいから、起きるとメールが来ていた。たまたまその日に限って、目覚ましまで寝ていた。

 

「お姉ちゃん、プリンス亡くなった…知ってた??」

 

確認も無く、疑いも何故か持たなかった。

 

二段ベッドの上で寝ていた私は階段を飛び降り、足を挫きながら、スライドドアの向こうに寝ていた我が子に泣きながら

 

プリンスが死んだ、死んじゃった、、

 

とだけ言って、泣きながら朝を過ごした。

 

CSで、ABCやBBCが彼の死因を推測している。麻薬のオーバードース、関節の痛みどめのオーバードース、他殺の可能性、エレベーターで亡くなっていたこと、48時間以上平気でスタジオにこもっていたこと、、、

ただ、マイケルジャクソンの頃と違い、空撮で見たくないものは見ずに済んだ。

 

フェンスに紫色のバルーンがたくさん飾られていた。日本でよく見かけるアルミバルーンは彼の住むミネソタ州のものが多い。

たくさんの著名な人物が、彼について偲んでいる。

ああ、皆彼より若くないのに。

 

友だちと、ちょうど一週間前に、マイケルジャクソンみたいになってほしくない、というやりとりをしていたのを見つけた。

 

一週間前、彼はライブ後のジェット機移動で緊急着陸し、インフルエンザだと言い張り応急治療以外を断ったという。

 

同じ頃、あのやりとりは変な虫の知らせだったと、亡くなった日に思いだした。

 

痩せていて、顔がやつれていて、ピアノとマイクロフォンのみのライブ。

 

日本に来るかもしれないけれど、もう2002年観た来日千秋楽で最後だろう、となんとなく、諦めていた。

 

でも亡くなってしまったら、できたことはたくさんあった、と気づいた。

なかなか家計に流れてたまらないお金のうち少しでも、ミネアポリスに行くために、使えばよかった。

 

そんなCSを流しっぱなし、涙を流しっぱなしの翌日、予約しておいたディカプリオのレヴェナントを観た。

 

突然訪れた彼の死と、待ちに待っていた映画が、生と死、魂とはざま、諦めと希望、、全てが一つの渦になり、私は画面に吸い込まれた。

一生忘れられないくらい不思議な気持ちで観た映画だった。

プリンスは頭の中で、耳の中で蘇る。

でも、いない。でも、魂はあると思う。創造性の神。GIFTED。

 

あれから、悲しくても、涙が出ない。