せぐの人体実験

メンタル不安定ながらも、不安定な物事が嫌いではない人間のブログ。

56億7千万

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56億7千万とは弥勒菩薩が降りてくるまでのながーい「ミロク出待ち」の期間を指します。

 

が、なんとなく、今の地球の人口はこれくらいいて、その人たちがウェブで繋がり、意見を交わしたり遠隔でも共有感覚を持てます。

 

この100年ほど前には想像すらできなかった奇跡的な状況がある意味ミロク降臨状態ではないかと思う今日この頃です。

 

だってそれで世論が大きく動いたり、真実が晒されたりできるのだから。

 

ただ、いい方向にも悪い方向にも、人間が持っていけるという、今後の選択次第で世界が一変するレベルまで来てるのがこわいっす。

 

これはもう、衆生を救いにくる弥勒菩薩も、あ、わたしのやること減ったわい、と思ってるかも知れません。

 

個人的には、昨日、

「終わりは、始まり」

とある人が、惜しまれつつ終わったあのアプリが、もし終わらなかったら、こうしてお互い新しいSNS通して会話することもなかったでしょうね、、と不思議にしみじみ語りました。

 

「気になるもんは仕方ない」

とある人とSNS通して1つ近くなりました。やはり若い世代は放って置けない。しょうもない大人も生きてけるんだから、若い頃から壮大に考えて悩むなかれ。

 

「遠くだがおめでとう」

とあるアプリで知り合った子がお誕生日だそうで、おめでとう。心からお祝いします。人生は長い。心で感じたことを大切に。

 

どれも、ウェブのおかげです。

 

 

1/17 を遠くから見て

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23年前私は大学3年21歳。基本勉強は煎餅布団。周りにテキストや宿題や辞書が散らかった二階の四畳半で、家がガタガタするので目が覚めた。

ついに自分の部屋の本類で床が抜けるかと思った。が、そんな笑い話ではなかった。 阪神淡路大震災だ。

 

アナログラジオNHK第一に合わせると、関西で地震が起きたことが告げられた。ここでこんなに揺れたのに、関西はどれだけ揺れたのだろう。

 

ラジオでは、今の震災のマニュアルよりも心がこもった言葉が流れた。

 

「関西の皆さん落ち着いてください、大変なことが起きましたが、まず、避難など、できることからやっていきましょう。

NHKは各地の情報を正確に伝えてまいります。正しい情報で動いてください。」

 

そんなような言葉だった気がする。

 

こんなに離れた場所で非被災地であっても、心が落ち着くアナウンスだった。言葉の力はすごいな、と思いながら泣けてきた。

 

と同時に、それだけのアナウンスを必要としている被災地が出てしまったことにも、泣けてきた。

 

こうして言葉で何かを伝える、、、よし、NHK入る!と思ったが、説明会聞きに行ったら全国各地容赦無く飛ばされると聞いて、萎えた。それじゃ、不器用な自分は家族を作ってもうまく維持できないわ、、。

 

〇〇新聞社もしかり。未だに日通の単身簡単お引越しのCMの終わりが、「単身赴任」ってので、かなり引いてしまう自分がいる。

 

大家族制度から核家族制度へと家族単位を大きく変えたのは、会社が労働者を駒として扱うようになった単身赴任からだ、と、とある本で読んでから、単身赴任を目の敵にしているせぐであった。

 

1/17。何の日?と思う人も多いだろう。その後生まれた子はまぁ、仕方ない。でも教科書じゃなく今あるいろんな媒体で知ってくれ。

 

あ、ついでで思い出した。小学生の子どもの社会の授業の時事テストで、

 

「Q.2011年の東日本大震災で、福島では、津波地震以外にどんな被害が起きたでしょうか。」

「A.原発事故」に、答えられた子が2割もいなかったとか。

 

2011年、5歳だけどね!あの子らは5歳だったけどね!その後、決して忘れちゃいけないことカテゴリーじゃないのかな、これは。ネットニュースでも、新聞でも、そういうの見んのか?たまに家で話さんか?Nスペでどれだけあれから特集組まれたか、、見とらんか?

 

さすがにうちの子どももショック受けて帰ってきた。

 

忘れちゃいけないカテゴリーに入ってることってたくさんあるはずなのに。

伊集院光とJUNKと

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アンタッチャブルが売れる前90年代後半の放送分から人に借り、それ以来、なんだかんだで彼のラジオや書籍はいろんな媒体で親しんでいる。どれも秀逸だ。

 

中卒中卒言うけれど、それは多分彼の中身のスケールが高校では物足りなかったのだろうな、と思う。

 

小学校のときから一人で企業野球大会を観に行っていた、とか、高校くらいで上野の年末の大売り出しで毎年お呼びがかかった、とか、普通じゃない。

 

ただ、若き頃の息子の目見て「蛇のような目をしている」(笑、自分の親みたいだ)と言った母、叱り出すとホワイトボードで理論立てて怒りのチャートを書いた(プレゼンじゃないか。気持ちは伝わらないわな)というビジネスマンの父親、その辺りでネジ歪んだ、面白い今の彼ができているのだと思う。

 

ちなみに彼は、和歌山の奥さんち(彼は婿入りしている)には行っても、実家が近いのに十数年も行ってないという。

 

気持ちは分かる。

 

とにかく落語がベースにあるから、フリートークが延々と続いても、面白さがハンパない。構成の渡辺がうるさいな、というけれど、私はそう気にならないし、彼がブースでマイクを通して遠くにいるリスナーのリトマス紙がわりだというから、いても構わないし彼の喋りを何も妨げないからいいと思う。

 

本来の話がしたくてもだんだん脱線して見失うケースも腹が痛くなるほどおかしいし、それを見つけたとき、あ、3分もかからない話だ!と本人が気づきを得るケースもこれまた腹がよじれる。

 

自分を棚に上げずにモノを言うから、嫌味もない。テレビではニコニコしてフムフムしている彼を見ると、たまにいっしょにラジオの録音を聴く息子とともに、仮の伊集院さんだ、仮の伊集院さんだ、と騒ぐ。それくらい、差があって面白い。それだけ今のテレビは規制が多く、彼は自分のことをよく子どもだと言うが、テレビでの彼、ラジオでの彼を上手く使い分けている点ではやはり噺家。かっけー大人だ。

 

でも、東京の鉄道駅でのスタンプラリーを「歩いて」押し、電車で回ってコレクションする子どもらを下に見る感じや、

 

僻地も僻地、五島列島あたりの映画沈黙(サイレンス)関連のスタンプラリー(!)を、テレビの企画でもないのに電動自転車をなんとか何度か運んですべてやり遂げるところや、

 

視聴者プレゼントの賞金額が自分の週間歩数に応じて決まると知るや否や、スッゲーたくさん歩いてスタッフを呆れさせ、結果レートが下がったことを、

「サービスするべきラジオ局がどうかしてる!」と怒るあの感じ、は、

 

さすが、大きな子ども・伊集院光

大人げない、と自嘲する彼のコンプレックスこそ、彼の魅力だ。

 

尊敬する大人の一人。

 

ということで、尊敬する大人 その2は

自然と「みうらじゅん」に決定。

 

 

 

岡村隆史のANN

 

いろんな(深夜)ラジオを、タイムラグはあるものの、聴きながら作業したり、眠る前聴きながら発言について笑ったり考えたりしている。

 

若手の人は持てる時間内で「色」を出そうとするから、なんかだめだ。そういうのを超えちゃった、いつ番組編成でなくなるか?、の心配のないものを聴くのが好きだ。

 

そうなると、伊集院光岡村隆史おぎやはぎ髭男爵あたりが、のほんとして聞いていられるし、ふとした含蓄のある言葉から、ある種刺激も受ける。

 

その中で岡村隆史は、2010年に心身のバランスを崩してあわや引退とまで言われた人だ。

 

その休む前の痛々しい力の入らない感じ、復帰後の、アクセル吹かせすぎるなよ、といいたくなる勢い、あれを聞いていたから、その後同じような病気を患った者として、彼の観測はやめられない。

 

ソロで続けると聞いた時は震えたものだ。でも、のびのびとやっていて、感心する。

 

岡村隆史は、とてもきっちりして神経質な人だ。性欲についても自虐で異常性欲者というが、彼がそうなったには理由があるから、仕方ない。

 

そういう業界に飲み込まれずやってきたからこそ、2010年の破綻があったのかもしれない。しばしば五反田通いを揶揄し、揶揄されるが、そこへ通うことはまったくもって健全であり、彼の自由だと思う。

 

ゲスト・バカリズムとの対談でもあったが、彼らなりにリスペクトと対価を払っての性的サービス行為なのだ。ひた隠して行くよりマシだろう。

 

ただ、あれを前面に押し出す限り、それをまるっと許容する結婚の候補者(奥さん)はなかなか出てこないだろうと思う。ものすごい世間知らずの、芸人などテレビで見たことないくらいのホントのお嬢様くらいかな。バカリズムもしかり。彼らの生活からしたら女性との付き合いは、お笑いの質を下げかねない障害物かもしれない。とお笑い好きの自分は思う。

 

バカリズムおかゆ太郎のように世話係がいればいい。岡村隆史も片言外国人のルームメイドを雇っている、それで正解だと思う。

 

彼のフリートークのスタンスは、嫌なものは嫌、というごく当たり前ながら、吉本の中でああいうことを言える位置は稀だと思う。会社の批判はしっかりするし、「芸人酷使して、どうかしてはるわ」と言い切る。

 

そして、病後から増えたらしい大阪での仕事でかなり心身が安定しているな、と思える。大阪の先輩らの話をする時の岡村隆史は東京での孤独な一人暮らしと仕事場の行き来の話よりずっと生き生きとしている。

 

かといって東京の話がつまらないわけではない。

 

放送帰り、コンビニで豆腐二丁を買って帰るだけのことをあれだけ面白く話せる人はいない。

 

出待ちのファンから重い紙袋に入った「お気持ち」がでかいカボチャ二個だったことをあんなに嫌味なく話せる人はいない。

 

持ちネタがないとか、コンビでネタをしないとか、そういうレベルではなく、彼の生活とその彼の観察眼とトークスキルがすでに十分秀でて面白いのだ。

 

マンションの備え付けの外国製洗濯機が壊れた時の応対のグダグダな話など、普通の人にとっても、あるあるあるある!だ。

 

ラジオでの話を聞いていて、岡村隆史は、宮藤官九郎と似ている。「性別を超えてる(モテたいと言いつつも、実際自分を異性にカッコ良く見せようとしていない)感じ」が似てる。

 

ありのまま思ったことを話すから、なんかワカルワカル、となる。どんな話を聞いても、カッコ悪いと思わない。正直だから。いくらでもコーヒー飲みながら聞けるわ、と思う。もし近所のおばさんだったとしても。性別を感じさせない人が、私的にはツボかもしれない。

 

これからも、岡村隆史には、身体に気をつけて放送を続けて貰いたい。器用な人で根を詰めるから、なおさらそう思う。

 

(敬称略させていただきました)

 

 

絵本『よいことわるいこと』

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『はじめての哲学

よいこと わるいこと』

(文 オスカー・ブルニフィエ

イラスト ジャック・デブレ

訳 藤田尊潮

世界文化社)

 

うーん!...考えさせられる。

子どもの読み聞かせ用に某サイトのセールから買ったのだが、かなりいい買い物をしてしまった。

 

左頁に、(ある人はこんな考え方をします。)

右頁に、(ほかの人はこんな考え方をします。)

 

ってな具合で、はて、それぞれの挿絵の雰囲気に偏見で惑わされないよう考えていくと、

どちらもある意味正解なのだ。

 

大きく分けると、

自分を囲んだ世界を含めて背負いながらなんとか生きるか、

自分はその世界にいかに呑み込まれないようにうまく生きるか、

と分けることもできる気がする。

 

この本に正解は、ない。どちらも、その時、その人の置かれた立場で選ぶことがアリだからだ。

 

 

最後に、これも、二項対置のテーマのひとつだが、極めて共感したものだけ、引用。

 

「他のひとは/

よい行いはこの世界でもっとも大切なもの/

たとえ行うのが困難であっても/

できるように絶えず努めるべき理想だ/

と思っています」

 

私も、そう思って、生きます。

困難だから、マイノリティだから、と自分の考えをやめることは、しない主義で生きます。

 

 

 

 

思いついた時ー! どう森?編

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まずはどう森でないところから。

もうぶっちぎりいかした「キック・アス」の監督だもんよ、「キングスマン」はようやく2になり認知された。ヒット御礼、ということで、

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エグジー(主人公)のカジュアルスタイルリスペクト。下の写真、右がエグジー。左は師匠ハリー。

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ハリーの名セリフ

「マナーが人を作る。」

Manners Maketh Man.

Manners Maketh Man.

テストに出ます。

 

んで、さっきの投稿で、ハムスケが田中裕二に似ていると書いたのだけれども、名前もまんまスパーク(火の粉、閃光、光)ってことで、太田光に似たキャラもいることに、風呂ん中で気づいたので、載せておきます。

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 この覗き込むような目、粗っぽい言葉遣い、太田光だ、と私の心の中で認定。任天堂だけに。

おもろい時ー! どう森編

 

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このハムスケが爆笑問題ウーチャカ(田中裕二)に似ている。

欲しいものを想像してニヤケとるところを、あっさりスルーしてみた。

 

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これはエレフィンという象類。というのは、昔からどう森シリーズをやってるから知ってるわけで、今回どう森シリーズを初めてやった子は、「黄色くて大きい生き物」というクリーチャー的表現でしかエレフィンを形容できなかった。

目も口も横にある、たしかに不思議なクリーチャーといえば、クリーチャー。

 

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あ!うっかり知らない旅行者と同じ被り物!ディズニーランド以外でこういうことがあると、逃げたくなるね。まだまだマジックキングダムではないのだね、どう森は。

 

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同じタイミングで表情を変えるカンガルーらしきマミィ親子は最先端のクローンかもしれん。

同じタイミングだ!と気付いてから少し怖く思えてきた。

 

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可愛くないペンギンってのもなかなかデザインとして作るのが難しい気がする。ボルトがこちらを睨むと、これまた逃げたくなる。なかにはボルト可愛い!って人もいると思うが。

 

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ブーケに次ぐ、ポスト・ファンシーキャラとして街森とび森あたりから出てきた、クリスチーヌ。私は苦手だ。

アイドルが云々、アタイのファンが云々、話していることが耳を通り抜けていく。

こんな顔されても、お前はキャンプ場に呼んでそのままノルマ達成だけして、とんぼ返りにしてやったぜ!

住まわせてやるか!!と思うが、意外と男性プレイヤーらしきキャンプ場にいるから、それはそれで、面白い。他人のキャンプ場利用者のチョイスをたまに見てはニヤける、せぐであった。